春先様々鑑賞記

2021.4.7

気になっていた海街diaryを昨晩やっと見る。知っている土地がめちゃくちゃにツギハギされているので、「その家を出た先がなぜあの通りに…?」「その角を曲がった先がなぜ海なの…?」「そこスズメバチの巣があるから危ないよ…!」などと、話の筋に関係ない感想が絶えず浮かんできて話が入ってこない。映画内の鎌倉の地図が描けないまま終了。

これまで見た是枝作品を思い返すと、シーンの取捨選択が巧みだなと思う。是枝監督のもとで学んだ西川美和監督も、「素晴らしき世界」での脚本と映像の違いが印象的だった。脚本では主人公の自慰シーンがあるが、本編にはない。本当の理由はわからないが、字面で見た時と映像にした時の感触には違いがあるのかしらん。植木屋で言われた、「ひとつの庭にあれもこれも植えるとぐちゃぐちゃになるぞ」という言葉を思い出す。

 

夕方、国立劇場にて落語観覧。「陽春四景」という名の通り、四人の落語家がそれぞれ春に因んだ話を披露する。目当ては柳家権太楼・さん喬両師匠。

権太楼師匠はまず自分という芸人がいて、客は客でも観客、それも見る目のある観客を求めているように感じる。今日の出番でも「圓生のなにが一番だとか、そういうことはないんです。それぞれがそれぞれの芸をすればいいんです。」と枕で話す。

さん喬師匠は一歩も二歩も引いたところで、登場人物に入って成り切って、そこに本人の特徴が滲み出る、そういう芸。鎌倉落語会では落語を初めて見る人にもわかりやすい、笑いどころの多い演目をかけていたが、今回はじっくり聴かす「百年目」。話の間も心なしか長くとってあったような。

 

2021.4.13

上野にて青柳いづみこ高橋悠治ピアノコンサート。Apple musicにあるGymnopedieを片っ端から聴いていた頃に高橋さんの演奏を発見して以来、一度は聴かなければと思ってやっと機会が来た。今回はSatieの曲はないが、それでも目の前で高橋さんが弾くだけで楽しみ。

あまり音楽鑑賞の経験がないから、とにかく今日は音を聴こうと思って、曲目も見ずただ聴いていた。

響きというより、音の素早い連なりが幻想のような刹那の物語を現していて、私の好みとは違った。音楽は広く深いものだという印象を強くする。

生演奏とイヤホンの体感が違うことはわざわざ言うようなことではないが、今回のコンサートで感じたのは、イヤホンは音の立ち上がる時に強く、コンサートは音の響きが空間に残ること。友人宅でデジタル音源とレコード音源を聴き比べた印象からすると、レコードの音の総量の多さはその差を埋め得ると感じる。デジタル音源は間を持たせられないのかもしれない。

 

2021.4.16

東京文化会館にてピアノ・ヴァイオリン・チェロの演奏会。中トリのピアノヴァイオリンが素晴らしくて、この一曲だけで今日の観覧料を払ってもいいと思った。演奏する二人の息がぴったりで、互いを確かめ合いながら繰り広げられる音の響きは息をするのも忘れるほど緊密なやり取りだった。美しかった。友情の二文字が浮かんだ。

時間的芸術を観ると、人間一人一人も時間的芸術であり、即興であり、うまく噛み合わない、首を傾げる時間があってもそれとは関係なくまた新しい音が響き、それに感動させられたり興奮させられたり、美しい瞬間に浸ったりするのだと言うことが身に染みる。

 

2021.4.17

すみだトリフォニーホールにて、オーケストラの演奏を初鑑賞。井上道義指揮。ソロヴァイオリンの奏者に見覚えがあって、よく思い出してみたら久石譲ジブリコンサートでマスターをやっていた人だった。

初めてだったのもあってか、よくわからないまま観終わった。これといった感動はなし。しかしN響井上道義指揮で演奏したritmica ostinataは衝撃を受けるほど素晴らしかったから、腕がどうこうではなく曲の好みだと思う。ホールのロビーには船越桂の「水のソナタ」があって、みんな見慣れているのかじっくり立ち止まって見る人はいない。よく見るほどに存在感が増してくる。不思議な姿なのに、しっくりくる。

シャラポワが自宅を紹介する映像をスマホで見ながら帰る。日本庭園風の玄関アプローチにコンクリート打ちっぱなしの壁、様々な意匠を取り入れた家を見て、今は実業家や政治家だけでなく、スポーツ選手も自邸に文化を保存しているのだと思うと、金持ちが文化に金を払うことは良いことだな、と遠くの空を見るような気持ちで思う。

帰宅して日記を書きながら、船越桂の木彫を思い出す。思考だけではぼんやりと消えていってしまうが、モノがあることは強い。私が忘れてもモノはそこにある。

井上道義のブログを読む。「アレも嫌!これも嫌!」で指揮者になったそう。今日のコンサートマスターをしていた人のインタビューを読む。練習嫌いで、でも演奏は好きで、日本有数のコンサートマスターになる。

 

(2022.1.2 追記 小林秀雄の音楽談義を聴いていたら彼の好きなクラシックの曲が挿入されていた。シベリウスモーツァルトシューベルト…どれを聞いてもRitmica ostinataとは纏う雰囲気が違う。これは現代音楽とクラシックとの違いなのか、わからない。)

 

2021.4.19

リッカルド・ムーティ指揮のマクベス東京文化会館大ホールにて観劇。たまにしかない機会だから…と思って26000円払って買ったS席は最前列だった。オーケストラの前に椅子が並べられて、そこに歌手が座っている。出番になると立って歌う。目使いや体の動きを伴って俳優のように演じつつ、メインは歌とその声。イタリア語なので所々わかるにしても、字幕なしではとても追えない。同じ台詞をいろんなやり方で歌うのが慣れてくるとジワジワよく感じてくる。目の前で演奏されると流石にかっこいい。

映画やアニメ、漫画は自由に視覚に訴えてストーリーに引き込むが、この形式はオーケストラと声で訴えてストーリーに引き込む。マクベスが殺人を犯したあたりから「これはどこまで続くんだ?」というマクベスの行く末が気になり出した。最初は眠くて仕方なかったが、その頃からは眠くなくなった。

落語や映画でこのテンポの展開をしたらとてもやれないだろうが、歌と音楽が聴かせるので間が持つ。いや、そもそもこれは間ではなくて表現そのものなのかもしれない。声や演奏はストーリーを肉付けするための要素か。

オーケストラの、特にヴァイオリンが奏でる波のような音は鳥肌が立つ。チェロ(ビオラ?)の響きを聴くうちになぜかジャズが聴きたくなる。目の前で音楽を聴くのは特別だ。

演奏終わり、出演者に万雷の拍手が送られる。持てる全てを出し切ってひとつの美しい瞬間を届ける。観客も演者もこの厳しい時を共に耐えている感覚、遠いイタリアから来日してくれたことへの感謝、そういうものがないまぜになったある感情…。感謝と称賛を一心に表現するときの人間はこんなにも美しいのか。

 

2021.4.26

辻堂でノマドランド。皿の割れる場面が引きのアングルで撮られ、三人の登場人物と割れる皿が一つの画面に映ったまま出来事が起こる。静かなアングル。

映画館を出てカフェに入り、Twitterを開くと、ノマドランドがアカデミーで作品賞・監督賞・主演女優賞を獲得していた。納得の受賞。

 

2021.4.30

うまく眠れず、川端康成の「名人」を読み始める。夜中の二時に読み出して四時半に読み終わる。読み進めてしまうのは勿論文章の美しさだが、その技術よりむしろ川端の名人に寄せる心、その温かな様、川端が名人に感動している、その視線、想いが何気なく自然に私の心に伝わってくる。

志賀直哉についての菊池寛の言葉、「志賀氏の道徳にうたれる」という点。志賀氏の優しい心にうたれる、私もその心にうたれるのだ。志賀直哉の「小僧の神様」は小僧へ送る志賀の心遣いにうたれる素敵な作品だが、今日読んだこの「名人」も同様に好きになった。小僧のことが愛しくなったのと同じく、名人のことも愛しくなった。

長谷近くの骨董屋の女主人と話した時、「川端先生はよくお通りになってね…」と懐かしそうに話していたのが思い出される。魯山人のことを話す時とは大違いだった。

 

2021.5.1

昨夜、寝る前に「伊豆の踊り子」を読む。普段俳句ばかり作って観察と描写に力を注いでいる分、心をそのまま告白するような文章を書く機会は減っている…と思ったがこの日記は全くそれではないかと思う。過去や現在の出来事に感情の独白を交えてこの日記を書き進めている。

「芸術の表現ということについては、私がかつて『芸術は技巧なり』と言ったことがある。如何に微細なものであってもそれを表す技巧が立派ならば立派な作品になる。もとより内容と表現とは一つのもので元来二つに分けていうのは無理であるが、唯便宜のために二つに分けてお話しするだけのことである…」---高浜虚子 「俳談」のうち "表現"より引用

出来事をどう文章にするか、その技巧が大事だと虚子は繰り返し説く。

 

2021.5.7

葉山美術館、空間のフォルム展。あまりぐっとこないまま最後の部屋へ。赤青の線が交互にあるだけの展示だったが、なんだか爽やかな感じを受けた。彫刻そのものには惹かれなかったが、若林奮の言葉におもしろいものがあった。以下引用。

「私は彫刻に振動という言葉を考えます。彫刻は全体像を明確に獲得するのではなくて、振動を持った曖昧な空間を所有する、と私には考えられます。自分と振動を持った空間との関係が生じて、その関係によって認められ、その接点、接するところが見極められていくと思えるのです。」

 

(2022.1.2 追記 植木屋の社長と話していた時、志野茶碗の話題になった。私が、どうしても志野の良さがわからないというと、「俺もそうだ。でも、こないだ国立で見た志野茶碗には驚いた。茶碗を見つめていたら、あの薄ピンクの肌が、ぽーっと見えるんだ。ああ、これか、と思ったよ。」

彫刻が振動を持った曖昧な空間を所有するとは、まさにこれのことではないか?)

 

2021.5.15

なぜ私が明治〜昭和の文学を読もうとして、かつそれに違和感なく、退屈せず向かっていられるかと考えると、吉本隆明江藤淳との対談で言った感想にヒントがある気がする。

「ぼくは戦争が終わった時、大学の一年か二年くらいで、ある程度は大人だったので分かっていたんですが、僕らの感じで言うと(中略)戦後文学の当初のスタイルというのは(中略)一種の抑圧感とか不安、あるいはもしくすると解放感かもしれないんですけど、しかし開放感にしてはあまりさっぱりしないという、そういう一部抑圧を含んだ解放感があるでしょう。(中略)それまでは「鉄砲打て」と命令されれば撃てばよかったわけですからね。つまり戦争までの日本人は国家が「こうせい」といえば「はい」といって従っていればよかったわけですからね。

ところがあの敗戦というのは、僕の経験でもそうなんですが、誰に相談していいのかまったくわからなかったし、誰も何も言ってくれないんですよね。政府はもちろんガタガタになっていたしね。ただ、明日もメシを食わなくちゃならないから、船橋かどっかまだ芋を買い出しに行って、とにかく食う、それだけはする。しかし、他のことについては誰も何も言ってくれない。その時のぼくらの年代ではそれが不安だったですね。しかし戦後派の作家たちの場合には、不安と同時に反面、解放感もあったと思うんですよ。ぼくの考えでは戦後派作家の文体というのは、いままでは「こうせい」といわれたことをやっていればよかったのを、ある日突然それがパッとなくなった。その不安だとぼくは思っているんですよ…」1982年.「現代文学の倫理」より引用

 

(2022.1.2 追記 思い返すと戦後派の文章はあまり読んでいない。むしろ、戦前から表舞台にいた人々の文章を読んでいるからこの話は当てはまらない。それでもこの吉本の言葉自体には共感があり、「明日もメシを食わなくちゃいけないから船橋まで芋を買いに行く、そのほかは誰も何も言ってくれない」というのは、言ってくれないのはつまり誰も何も言えない状況という意味で、本当のところ、今は戦後の状況そのものじゃないか?誰も何も言えないのに、何か言いたい人は無駄なことばかり言っている。言ってくれない、というのは自分に向けた言葉はどこにもないということで、私はこうですよ、という言葉はいくらでも溢れていてそれが誠実な世界なのかもしれないが、誠実でありたい人はみんな人に物を言わなくなる、誰も何も言ってくれないが、誠実な人は自分の世界を守っている、自分の世界を構築できない人はどうなる?)