知る日々の日記

日記の再録です

2026.3.22 ⅱ

テキトーに、がんばらずに生きていきたいと思っている。広いところで風に吹かれてぼけーっとしていられれば十分なので、そういうふうにいつもしていたい。がんばればがんばるほど、心が硬くなっていく気がする。視野も狭まっていく気がする。もっと泣いたり眠ったり、のほほんとしたりしていたい。働かないで適当にしていたい。気分のままに動いて、それをいまの中で実践したい。やりたいようにやって、朗らかに嘘なく生きていたい。どんな虚構も使わずに、実態のまま生きていたい。全てをやめられるようにしていたい。何も始めずに、はっきりさせずに、暗がりでうたた寝していたい。死んだら死んだで仕方がないから、それまで暖かい風に吹かれていたい。平温のタライのような場所で、口を開けたまま空を眺めていたい。そういう気持ちを忘れずに。

2026.3.22

正月休みから数えると、まともな休みの時間が全然ないまま、頭がぼんやりしたままの日々。文章も書けないくらいのぼんやり感。リズムがめちゃくちゃになっている。頭の中のリズムがめちゃくちゃで、文章が書けない。客観性がない。安心感のない文章になる。書いても仕方ない。

2026.3.1

気づいたら3月になっていて、エルフの曲を口笛していたらよだれが出てしまった。こんな人でも28歳であり、大人であり、人生にはありがたさがある。

 

痛みも苦しみも想像しきれない。暴力による死が、戦争が終わらない。それが起きていること、それをどうこうできるとは到底思えない、が、はっきりとnoであることを言う、それは忘れずにいたい。そこに暴力と死があることを忘れるようになったら、noを言うこともできない。

2026.2.25

ほんとのところをどこまで言って生きていけるか。ほんとの姿で生きることとほんとのことをいうことと、どれくらい違うのか。ほんとのことを言って、それが相手のほんとのことではないというのは往々にしてある、それも受け入れて、自分のほんとと相手のほんとを合わせて生きる、そういうふうにやっていくために何が必要なのか。