知る日々の日記

日記の再録です

【短篇】タロの塚

タロはかわいいやつだった。いつも私の後ろをついてきて、甘えた声で鳴いた。私が中学生になった頃に飼い始めたから、だいたい十年くらいうちにいたことになる。

ある雨の日、軒下にずぶ濡れになった大きな毛玉があると思ったら尾っぽがぴょんと生えて、よく見るとそれは犬だった。私は急いで風呂場から乾いたバスタオルを取ってきて拭いてやった。少しして家族が妹の七五三の写真撮影から帰ってきて、あんた犬なんか家にあげちゃってどうするの、と母親がやかましく言ったが、こんな雨の中またほっぽり出すなんてできるかと言って私が決して離さなかったから、ようやく母も諦めた。

タロが来て初めての夏、庭にわんさか生えている猫じゃらしを一本抜いてタロの顔の前で振ってみた。ハッハッハッと荒い息を吐きながらそのふさふさの穂を眼で追って、わっと勢いよく飛びついた。その動きを避ける私の手、また来る、避ける、かわいいやつだ、ほれっ、ほれっ、取れるか?がんばれがんばれ。

 


月日は経って、私は大学を出て就職し、実家を出た。タロはゆっくりと歳を取り、ここ数年は猫じゃらしを振ってみても往年のジャンプは見せなくなったけれど、時間ができればタロの様子を見に行った。

久しぶりに帰った夏の日、私とタロは縁側で日向ぼっこをしていた。私は庭に降りて猫じゃらしを一本取り、タロのおでこに当ててゆっくりと撫でてやった。タロは潤んだまんまるの目でこっちを見つめて、小さな声で「くぅん」と鳴く。

「知ってるか、猫じゃらしってエノコログサっつう名前なんだと。漢字で書くと犬の尾の草って書くんだってさ、確かにお前の尾っぽみたいだな」

狗尾草をパサパサとタロのおでこに打ち付ける。タロは顔を背けて、緑の狗尾草がわっさりと群生している庭をじーっと見る。

「こう見るとなんだか、たくさんの犬が土から尾っぽ出してるみたいだな」

温かいタロの腹に手を置く。ゆっくりと膨らみ、ゆっくりと縮まる。狗尾草が風にそよいで揺れている。

 

 

二ヶ月後、タロは息を引き取った。

縁側から見える日当たりのいいところにタロを埋めた。掘った塚の周りを狗尾草が囲む。茶色く色づいた狗の尾っぽを風が撫でる。

そこなら淋しくないよな、タロ。来年はお前の尾っぽも生えるかな。なあ、ちゃんとわかるように振ってくれよ。お前を軒下で見つけた、あの大雨の日みたいにさ。