知る日々の日記

日記の再録です

「亡くなったって、今朝」

「そう、もう結構なトシだったからね」

「聞いた話だけど、昔いた施設ではいろいろあったみたいで、もうずいぶんな歳だった時にここに来て、体はひょろっとしていたし、毛も所々抜けていたけど、たぶん水が合ったのね、数ヶ月で体もふっくらして、庭を走り回ってる姿は爽やかだったわ、美しかったわ」

「そうねぇ、普段は他のふたりと一緒にいたけど、ちょっと離れて彼女とふたりきりになった時は、苦労が多かったからか、どことなくこちらを安心させる雰囲気があって、なんだか居心地が良かったわ」

「そうかもねぇ、たしかに優しい空気はあったわ」

 

夏蜜柑の木が、数日前に亡くなった鶏のことを話している。

 

「あのひとの体はどうなったのかしら?」

「どうなんでしょう。堆肥にでも混ぜるのかしら?」

「動物だからね、難しいんじゃないの。それよりそのまま埋めておくのがいいんじゃないの、自然らしくていいワ」

「そうね、私たちの実もたいていはそうなっているし、なんだか自然な感じがするわね」

 

夏蜜柑はカラダいっぱいに実を提げたまま、やわらかな秋を迎えた。静かな場所で生きるのが彼女たちの自然である。

 

「亡くなったあのひと、最期の方はいつもひとりだったわね」

「そうねぇ、半目を開けて暗がりにいたわね」

「どうなのかしら、死期が近づくと暗いところにいきたくなるものなのかしら」

「そうかもね、でも山に入ったりはしなくて、ずっと他の人の気配のある場所で静かにしてたわね」

「そうだったわね、死ぬ時に、静かに誰かのそばにいられるのって、幸せなことかもしれないわね」

 

山から野鳥の声が響く。木々は揺れ、葉の擦れ合う音が反響する。雲間から陽が差して、教室に怖い先生が入ってきた時のような、ピンとした沈黙が森を包む。夏蜜柑たちもお喋りをやめる。

また風が吹く。残された鶏たちは、庭師の剪定した木々の下に潜り、拠り所をなくして地面を這う芋虫をつついて食べている。

 

もうすぐ冬が来る。

 

 

(この物語には想像が混ざっていますが、鶏を想う気持ちは確かにここにあります)